もろもろ整理する中で出てきた文章。2014年2月の再録。
本を買おう!と思い立つ。久しく本を読んだ記憶がない。いや、実際は読んでいるのだが、どうも身になっていないらしい。記憶に残ってないのだ。考えるに、これが役に立つ!とか功利的に選んだ結果ではないかと思う故、今回は後先考えず、ひらめきのみで本をセレクトしてみた。
「米軍より恐ろしかったのは餓死だった」
右傾化といえば右傾化だが、偏りすぎた左傾化が中心にゆり戻しているだけで、そういう意味では中道化だろう。しかし、そこで語られる当時のエピソードは、硫黄島や特攻隊などのような、勇ましくも悲しいセンチメンタルな題材が大半であって、この本で語られるような、あまり知られていない、南方の悲惨な実情はほぼ皆無である。
「飢えは胃袋の問題ではない 。 人間は、胃袋が空でありつづけても、頭脳の方は空にならず無変化だと人びとは錯覚しているから、飢えの恐ろしさがわからない 。」(日本はなぜ敗れるのか?山本七平)
飢餓状態になると、極度の栄養失調によって、物理的に脳に十分な栄養が行き渡らず、正常な思考ができなくなるということらしい。脳が委縮するのだ。動物-本能だけの存在になる-と考えるとわかりやすいだろう。いつも親切な隣のあの人も、餓えによって、あなたを捕食しようとナイフで襲い掛かってくる可能性は十分にある。そして、南方の戦線では数限りなくそういう事態を現出した。(ex「ゆきゆきて神軍」
「アジアの解放!」などと意気込んで乗り込んではみたが、行ってみれば武器もない食料もない。確かに米軍とは戦ったが「飢餓と天秤にかけた上での自決」が実情だろう。やっていたことと言えば、ただただ食料の調達。あげくの果てには共食い。最終的には「ありゃ自滅する」と米軍にも相手にされず放置された部隊もあったらしい。
結局のところ、こういう状況を招来したのは「大本営の無能」に他ならない。そしてこういう人たちが、戦後、何がしかの責任を取ったのか?下っ端兵士に守らせた戦陣訓のごとく「生きて虜囚の辱めを受けず」自決を行った指導層はごく僅かである。もちろん、生きつづける事によってのみ果たせる責任もあるだろう。しかし、多くの人たちが、自決もせず、生存に一縷の望みをかけ、さもしくも敵方の裁判にすべての身を委ね、あまつさえ、戦後に要職につき、あるいは、『 あ ろ う こ と か 』靖国神社に祀られたのである。
「日本人の価値観では、死んだら皆、神になる」
とはよく語られることだが、南方で無念のうちに死んでいった彼らが、いわゆる戦犯とされた人たちと同じように祀られることに、どういう感想をもっているだろう?勢いで書いてしまったが、そう考えるとやはり『 あ ろ う こ と か 』にならざるを得ないのではないか?中韓の問題は別にして、これはやはり私達自身の問題なのである。
ただ私達のできることは、絶え間ない慰霊と、なによりもその失敗から学ぶことであろう。しかし、原発問題を見るにつけ、その失敗から何か学んでいるようには見えないが。
2025年02月04日